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2006年4月30日 (日)

華麗なる双輪主義

いやあ、こんな本を待ってたんですよ。

そこらへんの自転車本は、メーカーの回し者かと言うような記事ばかりで、ヘルメットやサングラスは絶対の必需品のようになってしまって自転車で遊ぶ人が服装で楽しめなくなってきているのが現状です。

そこへくるとこの「華麗なる双輪主義」はスタイルのある自転車生活と副題にあるよう、風の中でおしゃれを楽しむ気持ちが溢れています。

自転車と服装に関する項目がいっぱいなのですが、革サドルとスプーンの関係なども理にかなっていてふむふむとうなずきながら一気に読んでしまいました。

詳しくは買って読んでね。私は保存用にと二冊買いました。

項目

ドダイジーネとライク・ア・バイク

コンクール・デ・エレガンス      

キャリアは自転車のあばら骨

バスケット・マジック

スポーティなものと競技用品

ウィンザーチェアと革サドル

通勤エキスプレスとブレザー

両面踏みペダルのススメ

自転車の色法則

色に籠もる命

早弁族のその後の人生

音楽を着る

自転車での遭遇者たち

長寿食

伝統を生かし境界線を壊す

あやつる技術美

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小池一介 著  東京書籍   1500円

2006年4月25日 (火)

県道 麻生・古屋・梅ノ木線サイクリング

  滋賀県、朽木村でのサイクリング JR琵琶湖線の安曇川駅出発でまずは、367号線沿いの『くつき新本陣』を目指します。途中「床止め」と称した鮎や鱒の遡上する場所があります。ここには桜がたくさん植えられてあり四月下旬頃が満開の時期です。

 くつき新本陣では毎週日曜日に朝市が開かれ、鯖寿司等地元の特産物がたくさん並べられ賑わっています。

ここで昼食を仕入れ再出発です。367号線を少し北上、三石で左折、ここから能下の標識を追って進む。北川沿いに家一(えべつ)、犬丸と走ります。このあたりは鮎の遊魚券を販売している民家が数多く見られ、のどかな風景が続きます。川も走っている自転車から手の届くほど近くにあります。(少しオーバーなようですがそんな感じです。)

北川流域、最上流の能家からは徐々に上りになりますがこの付近は豪雪地帯のためか道幅が広く、併走しておしゃべりをしながらのんびりと走れるのでとても気持ちが良いですよ。路肩には五月の連休頃までは残雪が残っており冬の雪の多さを実感します。

走り始めてから約36㎞で小入谷峠に到着。ここで朝に買った鯖寿司などを広げてランチタイムです。ガスコンロ等簡単な調理道具を持参すれば、尚楽しいです。

ゆっくりした休憩後は峠を約1km下り、針細川を渡りT字路を左折367号線の合流地点、梅の木を目指しゆるやかに下ってゆきます。こちらは少し風景が変わり川の両側に田畑があり牧歌的であります。秋には、一面ススキの海原となるところもあり、それが終わると山全体が色とりどりの紅葉と変化していきます。色とりどりの落ち葉の舞う道路を快走できれば、日頃のストレスなどいっぺんに吹っ飛んでゆきます。

途中で道は京都市左京区に入り、河合橋にて左折すると再び滋賀県に戻り、フライフィッシングを楽しんでいる遊魚センターを横目に見ながら梅ノ木に出ます。

 梅ノ木からは北へ上がってくつき本陣から安曇川駅へ戻るも良し、南へ下って花折峠をこえて大原、八瀬をとおり京都駅まで走れば約100キロほどあります。

 三石から梅ノ木間は、わき水はたくさんありますが売店などないので食料はしっかり用意してゆこう。

2006年3月10日現在、367号線梅の木から3kmほど北へ上がったところで土砂崩れがあり、通行止めになっています。二次災害のおそれがあり復旧作業も行われていません。人や自転車の通れる仮設の橋が4月10日に予定がされていますが車の通行できる迂回道路の開通の時期は未定だということです。

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安曇川の「床止め」

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途中にはこんな水場も

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北川のすぐそばを走ります。

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4月8日の状況です。5月の連休後でも残雪があります。

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いつもはここでガスコンロを出してお昼になるのですが、冷蔵庫の中にいるような感じでおまけに風も強く写真を撮っただけで峠を下りました。予想以上に雪が多かった。

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峠を下る途中です。

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左が今回、右は昨年11月の紅葉時です。

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秋の朽木です。ススキの海原を走ります。右は落ち葉の舞い散るサイクリング!

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連休頃にはこんな風景を走れるかも?

2006年4月22日 (土)

現行品でクラシックに そのいち

プラスチックボトルが普及するまでは、レースの世界では、アルミボトルが主流でした。その後レースのスピードが上がり、使い捨てのプラスチックボトルが現れてきます。古い(1950年代以前)ツールの写真などを見ると、ハンドルバーの前にダブルでボトルが並んでいます。その当時はレーススピードも速くなくハンドルがふらつくということもあまり無かったのでしょうか?

又、選手が皆一緒に休憩して水を補給している写真もあります。昔はのどかだったんですね。

ツーリングの世界では、臭いの付くプラスチックボトルよりアルミボトルが主流でしたがいつの間にか、プラスチックにおされてしまい、ゲージもプラスチックやカーボン素材になってきています。

雰囲気のあるアルミボトルを製造しているメーカーは無いんかいな?と思っていたのでしたが、山用品の店に行くと、色々あるんですねえ。昔はSIGGしか知らなかったのですが今はいろいろなメーカーから容量もピンからキリまで多種多様に揃っております。

そこで、自転車に最も合うボトルとしてLAKENの外ねじタイプ650ccサイズのもの。これのフタをはずしてコルクに変更、麻紐で落とさない様にボトルの首に巻き付けます。

ゲージにはNITTOのステンレスタイプ、これにはめればダートでも落ちることはありません。

アルミの梨地仕上げがランドナーの雰囲気にぴったし合うと思います。

ちなみにLAKENのボトル1428円なり。

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1930年代のツールのポスターから。このころはまだ、サポートカーなど無かったし、故障すれば自分で鍛冶屋を探して修理したと言うことです。ボトルの取り付けが良く分かります。

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今回、利用のLAKEN0.6L右は1.5Lの大きさ これにコルクキャップに変え麻紐でつなぎます。

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NITTOのボトルゲージにピッタリ収まります。ダートを走っても大丈夫。

Pen「自転車のある美しい暮らし」

自転車関連の雑誌ではないが、男性情報誌の「pen」の最新版で「自転車のある美しい暮らし」という表題がついて売り場に並んでいた。

 中身をみると海外(ヨーロッパ)の自転車事情が載っており、おもしろく見られた。お国柄が反映されていて良いものを長く使い、壊れても直して乗り続けてゆくという文化がにじみ出ている感じがしました。

ヴィンテージな自転車も何点か掲載されていたが、日本では70から80年代が中心だがヨーロッパでは1800年代から1940年代ぐらいまでがこれに当たりそのあとの年代は新しいのだとか。日本人がフランスやイタリアでパーツを買いに来てもこんな新しいののどこが良いのというらしい。新しいのでは、クラシックレース等で自国の○○選手が乗っていたレーサーというものだろうか?

我が国では、中野浩一選手のNAGASAWA号は何処にあるのでしょう?(10連覇、10台は有るはず。部品はサンツアーだったからシマノの博物館には無いだろうけど)

この雑誌を買う人は、自転車に詳しくない人が見ると思うのに、ラグの美しさや刻印の入ったパーツ類などのアップの写真が無かったのが残念です。又、逆に自転車関連の雑誌に載ったことのない店舗や海外の情報などの紹介は新鮮に感じられました。

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表紙はどうってこと無かったのですが

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中身はなかなか濃かったです。

イタリアのおじさん、楽しそうですね

2006年4月21日 (金)

自転車メンテナンス

プジョー・ユーロツアーを組むのにアテネ書房の「自転車メンテナンスブック」を引っ張り出しフランス製のパーツでバランス良くまとめるのにはどうしようかなあ?と考えていました。

 その他にも参考になる資料が有るかいなと、インターネットを見ていたら上記の本の改訂版が出ていました。

書店では見たことがなかったのですが、シマノやカンパが手元変速機に変わってきたので出たようです。早速注文し、取り寄せました。やっぱり、自転車博士 新田眞志氏は今までたくさんの自転車にふれてきただけ有って理論的にも納得の連続です。カセットハブや手元変速機の項目が追加されていましたが、それ以外はそのままのようでした。

 これを参考に、ユーロツアーをどう料理しよう考える今日この頃であります。

近頃、書店に並んでる本は、全然参考にならへん。と思ってる諸兄は多いはず。

これは!というのがあれば教えてください。

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直して使う

先日、書店で思わず買ってしまいました。

内容に自転車のことは全く載っていないのですが、まず表紙の絵がとても気に入りました。それと表題の「直して使う」ということ。私たちが乗っている自転車にぴったしの言葉です。

現在のカーボン等で出来たものや、10枚もフリーが付いたものと違い一昔前のランドナーはまず潰れません。と言うより潰れないように乗ることを覚えました。

上り坂で無理に変速しない。シフトレバーを少しオーバーシフトして戻す。そしてすり減ったり故障しても少しのパーツを交換するだけで元通りに動くようになります。ホイールも1本ぐらいスポークが折れても両側のニップルを少し緩めてやれば一日ぐらいは何とか乗れます。落車してフレームが歪んでも火を入れて戻すことも可能です。

現代のロードレーサーはというと、9速、10速となって変速性能も向上してきていますがフレームやパーツにカーボン素材を用いているので当たったり落車したりするとポッキリと折れてしまう恐れがあります。それに同じメーカーでも品番、年式が変わると互換性が無いのも困りものですね。あんなに薄いチェーンでレースならともかく何泊ものツーリングに行くのは不安があります。そのために最近の携帯工具にはチェーン切りが付いているのでしょうか?

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2006年4月16日 (日)

PEUGEOT PX10-DUJ

1982年、弟から相談があり、会社がプジョーの輸入販売を開始するので社員販売で安く購入できるとのこと。

ヴィンテージな車やオートバイを所有している弟に見合うのは最高級のVITOS979のフレームで作られたPX10-DU.Jしなないと考え、「プジョーの中ではこれが一番やー」とそそのかしお金は弟が払ったのに乗り回していたのは兄ばかりでした。まあ、私がチネリに乗っていたので自転車の善し悪しはよくわかっていたようです。

フレームは確かに軽く軽快に坂も上るのですが、付いているパーツがその当時は気に入らなくカンパニョーロのレコードにそこら中変更して楽しんでいました。(金剛山に登っていても気分はツール・ド・フランス!!)普段の練習にも神鍋カップやチャレンジロードのゼッケンを付けて走っていた。今思えば恥ずかしい限りです。

 今は実家の2階で寂しく眠っております。今後はぼちぼちと元のフランス製パーツに戻し、エスプリの感じるおしゃれなロードレーサーに仕立てようと考えています。

 あちゃー  パーツが残っているかなあ……

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PELOTON ロードレーサー

  ワンダーフォーゲルのモスキートから自転車にのめり込み今までオーダーした自転車は数知れず、中でも一番走行距離の長いのがこのPELOTON製のロードレーサー。当時はサイクリングより草レースに入れ込んでおり、春のチャレンジロード、夏の神鍋カップサンツアーロードに向けて週に400km近く走っていました。

結婚する前で大阪市南部に住んでいたので、朝から金剛山のロープーウェイ乗り場まで往復し遅番の仕事に行くという今では「体がもたへ~ん」というほど走っていました。金剛山は競輪のプロもよく練習に来ており固定ギヤの横をすいすいと抜かしては喜んでいました。ちなみに私は固定ギヤであんな坂を上ることはできません。

今はコンパクトギヤや多段フリーが出回っていますが、フロントが52×42、リヤのフリーが13~23の6段。こんなギヤ比で10%以上の坂も登っていたんですね。今は機材にばかり頼っていますが要は脚力がどれぐらいあるかということです。

PELOTONのロードは仕上げがきれいと言うだけではなく加速もすばらしくペダルを踏んだ力がすべて前へ進む力になっていました。堅いフレームの上にホイールも本番用と称してスポークの交差しているところを結線(細い針金で縛りハンダで止める)したガチガチの車輪も作成したことも思い出です。

今は年齢的なこともありこのフレームに1時間も乗っていると疲れてくる(速く走らなければという意識)ので、パーツを全てランブレットに移植し「のんびりクラシックロード」としています。

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2006年4月14日 (金)

しまなみ海道~鞆の浦サイクリング その二

尾道駅でメンバーを見送ったあと、民宿のある向島へ再び渡船で戻ります。温泉(海水で出ていました)に浸かり、瀬戸内の魚をたくさん頂いて尾道の夜景を眺め、明日の天気を願いながら床につきました。

翌日は雲一つ無い晴天、まずは尾道市内を散策。駅から見えていた尾道城のある千光寺公園を目指します。しかし走るというより、坂道を押す、引っ張るというあんばい。ようやく登りきった高台からは尾道港が一望でき、日立造船の戦艦大和のロケ地も遙か下方に見えます。桜がたくさん植えられておりあと半月もすれば尾道市民の花見場所として賑わうのでしょうか?このあとおのみち映画資料館、歴史博物館を見学し、鞆の浦に向けペダルを踏みます。

海岸線と山道を交互に走りながら、鞆の浦に到着。

江戸時代、日本との国交のあった朝鮮からの外交使節団・通信師が計12回来日した。そのうち11回、通信師は鞆の港に立ち寄ったとのこと。ソウルから江戸までの行程は、ほぼ1年がかりだったそうだ。あるとき対馬から江戸までの行程でどこが最も景色が良いかという話になった。議論の末、対潮楼(福禅寺)からの眺めだったそうです。

江戸期108棟、明治期90棟、大正~昭和戦前が86棟。鞆の町並み保存予定地にある時代ごとの建造物の数である。昔の建物を保存しているのではなく、そのままずっと利用しているというほうがわかってもらえると思う。そんな町である。

この町も尾道と同じで港から坂道にたくさんの家が並んでいます。まずは医王寺へ上り道の途中、雑誌「西の旅」に出ていた「茶房セレーノ」のオープンデッキでビールを頂きます。ここで食事のおいしい店やおみやげ屋をいろいろ紹介して頂きました。

鞆の浦の町はそんなに広くはないので自転車を置いてゆっくり歩いて見て回る方が良さそうです。

お昼には紹介して頂いた「千とせ」という店で鯛づくしの料理を食べました。

そのあとおみやげの干物を買い求めて、防寒具などと一緒に鞆の浦郵便局から自宅へ向けて郵送。出発時より身軽になりました。

暖かい春の日差しを浴びながら福山へ向けてゆっくりとペダルを廻します。福山駅で自転車をばらし、列車に乗り込むと、あとは姫路まで各駅停車で揺られます。春休みシーズンとあってか、若者以外にも、青春18切符利用のおばちゃんの多いこと。「疲れた疲れた」と言う割にはしゃべる口が止まりません。うるさい!!おばはん ええかげんにせいよ」と腹の中では思いながら、「いつまでもお元気で良いですね。」と挨拶をするkidaでした。

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尾道駅前から千光寺公園を望む

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尾道の坂道から日立造船「男たちの大和」ロケ地

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おのみち映画資料館

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鞆の浦 「茶房セレーノ」

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医王寺より鞆の浦の港を望む

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鞆の浦港 常夜灯

2006年4月12日 (水)

しまなみ海道~鞆の浦サイクリング その一

「しまなみへ行きませんか?」とト○○サイクルの店長からのお誘いがあり、「去年の11月に行ったところやないか」というと「いやあ、去年のメンバーが又行きたいと言っているので、どうですか?」と返ってきた。

スケジュールを見ると、3月21日火曜日が祝日でありこれは月曜日に有給休暇をとれば、直ぐに帰ってこなくともゆっくり出来るし、前から行きたかった鞆の浦も走れると考え、「よっしゃ行くわ」と返事をした。

行程は前回と一緒で土曜日の夜、22時30分神戸発ダイヤモンドフェリーに乗り込みました。

今回も総勢9名の大所帯。個室がもらえたので0時過ぎまでわいわいと騒いで少しの仮眠をとればもう今治港に到着。5時15分定刻に着き、眠い目をこすりながら自転車を組立出発。まずは、今治大橋を目指して列をなして暗闇の中を進む。橋の麓に着く頃には日も昇り初め、大きな期待に胸もふくらんでいきます。

天気予報では晴天であったが当日は曇り空の合間に時々お日様がのぞく様子。気温があまり上がらず、そのうえ北西の風が絶えず吹くので、上りで向かい風になると皆えっちらおっちらとなり「また、坂か~」「なんで前からばかり風が吹くねん」と口が減りません

途中、大三島で伯方の塩工場見学をし、皆「ふ~ん。こうなってるんか。外国から買ってきて作り直してるんや。」とここでもわいわいがやがやと賑やかでした。おみやげに小さな塩のパックを貰って再び走り出します。

生口島では耕三寺を見学、その後お楽しみのジェラードの店「ドルチェ」で休憩、食べるだけでなく、おみやげの発送を注文するメンバーの多いこと。(そりゃ嫁さんと子供を残して楽しんでいるもんね)携帯電話で種類を確認してる者もいました。Kさん、あなたですよ。

このあと、夕陽と競争しながら尾道を目指します。ようやく五時過ぎに渡船乗り場に到着。疲れはしているものの写真を見ると皆満足しきった顔、顔、顔。

ほぼ12時間無事に走り終えご苦労さんでした。あとは輪行袋に仕舞い、新幹線で帰るだけ。ここまで来て駅の階段で転けないようにね。

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今治港、待合室にて自転車組み立て。これから出発だ

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今治大橋を降りたところから瀬戸内を望む

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伯方の塩製造工場、見学

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ときにはショートカットして近道を行く。

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生口島、多々羅大橋を望む

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最後の因島大橋へ向かう

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因島大橋に沈む夕陽を背景に

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後少しで尾道だ。

到着が早いか、日没が早いか、夕陽と競争だ。

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渡船上にて。

疲れ切っていますが、皆満足な顔をしています。

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皆さん、お疲れ様でした。

又、一緒に走りましょう。

2006年4月11日 (火)

シクロジャンブルでお買い物

4月3日、服部緑地で催されたシクロジャンブルへ行ってきました。

当日は絶好の花見日和で、駐車場は朝からバーベキュー道具を運びおろす車でいっぱいでした。

各サイクリングクラブの行事とバッティングしていたので参加者はすくないかなと思ったのですがなんのなんの昨年の秋同様たくさんの人が来られていました。

 さて私は、次期スポルティーフとプジョー・ユーロツアーに合うパーツを探してあっちの店をきょろきょろ、こっちの店をうろうろと、またまたお金をたくさん使ってしまいました。とほほ。。。。。

そこで、購入パーツのご紹介

そのいち  サンツアー シュパーブプロ ハイローハブ

28H

うーん、私の体重で28Hは厳しいか?まあ嫁さんのロードのホイールを組み替えてやるか。

そのに   カンパニョーロ グランスポーツ Rディレイラー

鉄レコじゃ無いのだけれど、こんな値段で良いのと言うぐらいの価格で頂きました。

アルミのカンパニョーロ レコードと交換してみようか?

そのさん  TAセンタープル用Fキャリア  プジョー・プラスティックボトル

どちらも今構想中のプジョー・ユーロツアーに利用。完成時には黄色いサコッシュを背負って快走してみよう。

そのよん  自転車柄のネクタイ

パーツばかりでなく、一軒はこういう店が出てきます。おもわず黄色と赤2本を買ってしまいました。

明日からの通勤にしてみよ~と。

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2006年4月 7日 (金)

IRIBE 650×42Bランドナー

20代後半、日帰りのサイクリングは良く出かけていましたがニューサイクリングの記事に惹かれて北海道へ行きたいという思いからオーダーしました。

 42Bのタイヤを履きながらロードに近いスケルトンで当時の最新パーツ(サンツアー・シュパーブ)を使用。荷物をある程度詰めてなおかつ、素早い輪行ができる様にとむちゃな注文をしたように覚えており、よくそんなことがずうずうしく言えたなあと今となって反省しております。

 完成した年から数年、夏になると北海道へ1~2週間走りに行きました。まだ運賃の高かった飛行機を使えず、舞鶴港から小樽までフェリーで36時間かけての船旅も楽しいものでした。

 タイヤの太さから出番があまり無かったのですが、最近各部をグリスアップし林道などのダートを含む所に、連れてゆくようにしています。今年2月の大阪サイクリング協会の中紀州路サイクリングにもこちらで参加しました。

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中紀州路サイクリングにて

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高槻市中畑にて

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京都市西京区 大原野の竹林にて

2006年4月 2日 (日)

桜は咲いたか?

春を探しに、桜を求めて走ってきました。

いつもの枚方亀岡線を北上、出灰から大原野森林公園をへて善峰寺へ。向日町を越えて桂川サイクリングロードへ、八幡の背割桜を見てきました。昼間は暖かくなりそうなので新しいウールジャージを着ていったのですが、山の中はまだまだ寒いですね。

サイクリングロードはいつ来てもたくさんのサイクリストと合うのですが、いつも走っている岡山林道、保津峡のハイキング道はほとんど出会いません。皆さん人に見られる所でなければ走れないんでしょうか?

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大原野から善峰寺へのつづら折れの下り。北側の金峰寺への下りも同じ激坂。とてもじゃないが反対側からは上れません。

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善峰寺入り口の桜。これ一本だけが咲いていました。

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桂川サイクリングロードでは菜の花が咲き乱れていました。つくし狩りの人もちらほら

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八幡の背割桜。花見客はそこそこ来ていましたが桜はごらんの通りまだまだの状況。デジカメのデータで見たら去年は4月9日が満開でここを通ったとき、歩道が人であふれて車道しか通れなかったと覚えています。

今年も9日の日曜日あたりが一番の見所かも。

残念、9日は服部緑地でシクロジャンブルだ。

チネリ スーパーコルサ

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20数年前に購入した鉄仮面マークのチネリで御座います。

当時はランドナーに乗っていて、ロードレーサーはまだまだ早いと思っていました。荷物の積めない車種は必要ないと考えていました。しかし、いつも出入りしているトモダサイクルに行くと社長が丁寧にチネリを磨いていました。「かっこええなあ」と言うと「そやろ、ええ出物やで」という答えが答えが返ってきたのを今でもおぼえています。(今でも元気に自転車を磨き上げる姿勢には頭が下がります)

 あまりの美しさに、その場で即、購入決定。チューブラータイヤ(クレメンクリテリュウム)がこんなにしなやかでグリップがよいものかと、感動したのを覚えています。これでびわ湖一周サイクルマラソンも走ったし、PELOTONでオーダーするまでは良く走ったものです。

今はオーバーホール中で、トモダサイクルの展示用になっております。・・・早く引き取りに行くからね。

BS ユーラシア ミキスト

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 嫁さんのランドナー、結婚する前からの彼女の愛車でこれで北海道や乗鞍も走った。

神鍋のサンツアーロードもガードを外して出場していた。その当時の女子のレースはオーダーするしか寸法の小さいロードレーサーは無かったし、自転車にお金を使うよりは旅行費に当てるという時代だった様に思う。

シートチューブに貼られた神鍋カップの車検シールとびわ湖サイクルマラソンのシールが勲章である。

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